Rails を使った EC アプリケーション開発について学べる本 "Take My Money" を読んだ
読みました。
Take My Money: Accepting Payments on the Webどんな本か
副題が “Accepting Payments on the Web” となっているように、決済 (payment) システムをもつ Web アプリケーションを作る方法について説明しています。『達人プログラマー』などでおなじみの The Pragmatic Bookshelf シリーズの本です。
チケット販売システムの開発を通して、次のような具体的な話題に触れています。基本的には Rails 5 を使ってロジックからビューまでを開発していきます1。
- 決済システムの実装
- ショッピングカート
- 外部決済サービスとの連携
- サブスクリプション機能
- エラーケースとその対策
- 管理画面の実装
- 返金など注文の操作
- 認証/認可
- その他実務上必要な項目
- 監査用ログの保存
- PCI DSS への準拠
なぜ読んだか
この本の発売当時(2017-01 ぐらい)に社の Slack で紹介されていたのを見かけて、その存在を知りました。半年ぐらい前から EC 系サービスの開発に携わっていて、その分野に関して一般的な知見をあらためて得たいなと思い、読むことにしました。
全体を読むのにかけた時間は 2 週間ぐらいです。pragprg.com のサポートページに置いてあるサンプルコードを見つつ、実際に動かしたりしながら読んでいました。
どうだったか
おさえている話題の幅が広かったです。EC 系のアプリケーションに必要なデータのモデリングや Rails で開発するうえでの実装の工夫から各種定番の gem についてまで、ひととおり説明がありました。自分が携わっているサービスとの共通点/相違点を認識しながら、こういうやりかたもあるのかという発見や知識の整理ができました。
紹介されている外部決済サービスや gem の使いかたの説明は風化が速い部分になってしまうとは思いますが、データモデリングの部分などはそれなりに長く通用する有用な具体例を示してくれているように感じます。
個人的に有用だと思った点をまとめておきます。
データのモデリング
商品在庫
この本では商品在庫をカウンタカラムで管理するのではなく、1 件ずつレコードを作るという方法がよいと述べていました。つまり、次のテーブル定義のような在庫用カウンタ tickets_count
をもつものではなく、
# 採用しない例
create_table "tickets" do |t|
# ...
t.integer "tickets_count"
t.integer "price_cents", default: 0, null: false
end
在庫ごとにレコードを作り、status
カラムに enum で unsold
, sold
といったデータを持たせる次のような定義を採用していました。
# 採用する例
create_table "tickets" do |t|
# ...
t.integer "status"
t.integer "price_cents", default: 0, null: false
end
これについては、開発当初はカウンタを持たせるのが簡単だが、だんだんと
- 在庫数
- カートに入っている商品数
- 売上数
…のようにカウンタの種類が増えていって管理がつらくなる、という理由があるようです。代わりに、在庫ごとにレコードを作るのが商品グループを操作するうえではより簡単な方法だと述べています。
返金
返金のモデリングについては、「返金のおかげでこの本を書こうと思ったぐらい返金はだるい」(意訳)と述べていることから、重要かつ工夫のいる部分であることがわかります。まず、この本で開発するアプリケーションでは、決済したときに次のようなテーブルのレコードを作成しています。
create_table "payments" do |t|
# ...
t.integer "user_id"
t.integer "price_cents", default: 0, null: false
t.integer "status"
t.string "payment_method"
t.json "full_response"
end
返金のモデリングでは、次の 2 とおりの方法
payments
テーブルに返金額を保存するカラムを追加する方法- 返金データとして
price_cents
が負の値のpayments
レコードを作成する方法
を選ぶ余地があります。
- これまでに作成したレコードは不変のものとしたい
- 決済処理時のペイメントゲートウェイからの JSON レスポンスを各レコードに保存しておきたい
と言った理由から、この本では返金データも 1 件の payment
レコードとする方法をとっています。また、返金を表すレコードのために、返金の対象となった元の決済レコードへの参照用カラムを持たせています。
change_table "payments" do |t|
t.references :original_payment, index: true
end
これで、複数回の一部返金にも対応できるようになります。これは、ER 図を描くと自分自身へのループ参照で表現されるようなイメージです。
実装上の手法
workflow による薄いコントローラ
コントローラにロジックを書かないために、workflow と称したクラスを app/workflows
に切り出してロジックを分離する、という方法が紹介されています。
# app/controllers/shopping_carts_controller.rb
class ShppingCartsController < ApplicationController
def update
# performance はある映画のある時間における上映
workflow = AddsToCart.new(user: current_user, performance: performance, count: params[:ticket_count])
workflow.run # workflow に実際のロジックを委譲する
# ...
end
end
# app/workflows/adds_to_cart.rb
class AddsToCart
# initialize など...
def run
# 実際にカートへ商品を追加するロジックを書く
end
end
調べてみると Trailblazer の Operation も同じような発想に基づいているようです。
複数の決済方法
EC サービスを開発していると、決済方法は徐々に増えるものです。この本では、最初は Stripe だけを決済サービスとして利用していますが、途中で PayPal を追加します。このように決済方法が増えてきたときの対処として、上で説明した workflow を用いて解決しています。具体的には、抽象的な決済用 workflow を用意し、テンプレートメソッドでそれぞれの決済サービス用の workflow を実装しています。
# app/workflows/purchases_cart.rb
class PurchasesCart
# ...
def run
update_tichets
create_payment
purchase
calculate_success
end
end
# app/workflows/purchases_cart_via_stripe.rb
class PurchasesCartViaStripe < PurchasesCart
def purchase
# Stripe の Web API クライアントを使って決済
end
end
# app/workflows/purchases_cart_via_pay_pal.rb
class PurchasesCartViaPayPal < PurchasesCart
def purchase
# PayPal の Web API クライアントを使って決済
end
end
そして、これらの workflow を作成するファクトリはメソッド create_workflow
に切り出していました。次のような感じで使います。
class PaymentsController < ApplicationController
# ...
def create
workflow = create_workflow(params[:payment_type]) # ビューからの payment_type で具象 workflow 作成
workflow.run
# ...
end
private
def create_workflow(payment_type)
case payment_type
when "paypal"
PurchasesCartViaPayPal.new( # 引数
)
else
PurchasesCartViaStripe.new( # 引数
)
end
end
end
定番の gem
アプリケーションを作るうえで必要になる定番の gem がいろいろと紹介されていました。次の gem は知らなかったので参考になりました。
- money-rails
- 金額計算や通貨変換に関する API を提供する money という gem を Rails へ統合する
- Administrate
- Thoughtbot 謹製の管理画面作成フレームワーク
- 本の中では ActiveAdmin が使われているものの、こちらについても軽く言及があった
- Pundit
- Policy クラスでコントローラアクションに認可機構をかけられる
- PaperTrail
- ActiveRecord モデルのデータの変更を追跡してバージョン管理する
- bundler-audit
- アプリケーションに導入している gem のうち
Gemfile.lock
に書いているバージョンのものに脆弱性が報告されているかチェックする
- アプリケーションに導入している gem のうち
おわりに
EC アプリケーションというドメインに絞って具体的な開発方法が説明されているニッチな本だと思いますが、個人的には参考になる部分がそれなりにあってよかったです。上に述べたような話が気になる人は読んでみてください。
脚注
-
「クライアントサイド、サーバサイド両方 Rails 5 を使って開発しています」と書いていましたが、表現がよくないので修正しました ↩